鏤? Diary Forja-Artistica

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December.13 2007

30年かかってしまった事。

最近 わかった事がある。

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その前に前提として、所詮人間ってやつは、孤独なのだ。

責任や苦痛、努力、成功、全て自己責任。

家族がいても、友達がいても、恋人がいても、結局孤独なのだ。

(これを聞いたら、私の家族や親しい方々は、悲しくなるかもしれない。だが、あえて。)

同時に個人的に、人間不信や劣等感というものは、

どんなに愛されようとも、決して癒される物ではないと思っていた。

私の劣等感は そもそも3歳位から、牛乳ピンメガネをかけていたことから始まる。

そこからたくさんの劣等感が、雪だるま式に膨らみ(コンタクトにしてからも膨らみ)

26歳くらいまでには 巨大な固まりとなった★

だが、しかし。その劣等感は、私に《負けん気》と《持久力》という 副産物を生み出した。

劣等感のおかげ(?)で 私は、逆に明るく元気な奴になった!!

全ては、虚栄を張るためだろう。

無駄に明るく無駄に元気!!

さて、わたしが何、最近を発見したかというと、

劣等感と人間不信は、性格の一部ではない。という事。

ここ最近 たくさんの再会や再連絡があった。

それにより いままで、うやむやにしてきたトラウマに向き合ったり、

これまで生きてきた中で、私を愛して(少々大袈裟!!)くれた人が居たことに気付いたのだろう。

そして雪だるまは暖められ、溶かされたのだろう。

もう一つ。忘れてはならないのは、南青山のSPCAEと代官山のアステリズム!!

数年前から、この2つのお店が 作家として認めてくれたから、

私に自信というものを与えてくれたから。

そもそもだから、劣等感の雪だるまが 転がるのを止めた。

感謝してもしきれない。

雪だるまが居なくなるまで、30年もかかってしまった★

でも、もう劣等感も 人間不信も 虚栄もなくなった☆

明るさと元気は残った!!

でも《無駄な》ではなくなったo(^-^)o

劣等感というやつは 私を最も成長させた力だろう。

そんな、育て親から独り立ちしても ちゃんと成長できるだろうか?(ちょっと不安)

最近 《病んでる》って言葉が、普通通用する。

《病んでる》とは、心が壊れちゃった状態。

 

今年のはじめ 自殺も多かった。

私自身も数年前まで 少々《病んで》た、一人だろう。

私が ものすごく、すさんだ時期があった。

当時 自分しか見えてなかったから、誰も手を差し伸べてくれない事が腹立たしく思えた。

そこで、人間は孤独という原点に返ってくる。

では、他人にできることはないのか?

それは そこに居てあげる事。

私の居て欲しかった人々は、揺るぎなくそこに立ち続けてくれた。

今だから、わかる。

居てくれたから、自分が完全破壊しなかったのだと思う。

そして、立ち続けていた事の大変さと、救えない大変さを。

今度は私が立ち続ける番だ。私の愛する人々のために。

ねぇ、もの事《その時》がくると驚く程、自然と解決するんだよ。

《その時》が来るまで、私はここに居るよ。

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